侘び寂び 日本庭園のある旅館

侘び寂び 日本庭園のある旅館

 和の心が感じられ、四季折々の情緒を楽しむことができる日本庭園。
 人工美で彩られた西洋庭園ではなく、方角を意識したような中国庭園とも違う、日本人なら誰でも日本独特の美意識に心惹かれるだろう。
 そんな和の趣を大切にする日本庭園を持つ旅館が、各地にはたくさんある。
 名園と称されるような広大な庭園から、小さいながらも風情ある坪庭まで、和風旅館ならではの「侘び寂び」を形にした日本庭園の魅力をご紹介する。

日本庭園の魅力について

心が落ち着く「四季折々の趣き」

        

 日本庭園の一番の魅力といえば、何といっても四季のある日本の風土気候に沿った造りだろう。
 四季を感じさせてくれるのは、やはり植物。
 早春の水仙に始まり、春の芽吹きから新緑の美しさへ、しっとりした梅雨の風情から夏の緑陰、秋の燃えるような紅葉が過ぎれば追いかけるようにやってくる雪景色。
 いつ見ても趣きが感じられ、一通りの植物が、計算されて配置された庭石や池と組み合わされ観る者の心を落ち着かせてくれる。
 四季が移り変わることによって、日本庭園も様々な変遷を見せてくれるのだ。

時代とともに変化した「様式ならではの美」

        

 もともとは何かを行うための“広場”という意味だった庭は、時代とともにその縮小の仕方や自然への見立て方が変化してきた。
 貴族の時代に生まれた「池泉庭園」は池を中心に取り入れたもので、橋や石で日本の国々の風景を再現したとされるもっともポピュラーなもの。
 コンパクトなスペースの中に禅の思想を宿し白砂を活かした「枯山水庭園」。
 基本的に自然そのものを良しとし茶室などに付属して設えた「築山林泉庭園」。
 その他にもいろいろあるが、どれも坪数に合せてうまく表現されている芸術作品と言えよう。

旅館にとって庭園は「おもてなしの心」

        

 長年にわたって形を変える日本庭園だからこそ、庭園そのものを“おもてなしの心”と位置付けている旅館は少なくない。
 庭の植栽や石の一つひとつから、その時々の旅館の歴史が垣間見えてくるものだ。
 ロビーから、客室から、浴場から……旅館の顔とも言える庭園風景を愛で、美しさや精神性に触れてみれば、きっと旅そのものが特別なものになるはずだ。

一押しの日本庭園のある旅館をご紹介

 日本庭園は広大なものばかりでなく、狭い場所でも楽しめる縮小版のような庭もある。
 どんなところにいても自然に寄り添っていたい、そんな想いを大切に、各旅館は様々な工夫を凝らしているのだ。
 1年間、いつ訪れても客人の目を愉しませてくれる、自慢の日本庭園を持つ旅館をご紹介していこう。

べにや写真

べにや

        

 明治17年に創業し、芦原温泉随一との呼び声高い老舗旅館。
 雅な屋根装飾を持つどっしりとした構えは老舗に相応しく、その風情は近代和風建築の典型例と称され福井県で初めて有形文化財に登録されるに至った。
 全ての客室から望むことができる日本庭園は庭師が技術の粋を駆使した北陸を代表するものとされ、春には躑躅や藤の花、夏には蛍が舞い飛び秋は紅葉、冬は雪吊りの雪景色と四季折々の自然美がまるで芸術作品のよう。
 季節のうつろいを眺めながら寛ぐ安らぎの滞在は格別の一言に尽きるだろう。

西村屋本館写真

西村屋本館

        

 開湯から1400年の城崎温泉に江戸より暖簾を掲げる老舗旅館。
 入母屋破風の見るからに由緒正しい木造建築は、上質なひとときを過ごせる期待で胸が膨らむ思いだ。
 その歴史に見事調和した日本庭園は、母屋をバックに眺めるとまるで1枚の絵画のよう。
 計算された針葉樹に飛び石や燈籠を設え、池には色鮮やかな鯉が優雅に戯れる。
 古き良き日本の伝統を取り入れたしっとりした趣きで、訪れた客人を優雅に迎え入れてくれる。

仙郷楼写真

仙郷楼

        

 創業明治3年の仙郷楼は、約1万5000坪の面積に本館含む4つの棟が隣接し箱根外輪山の眺望が素晴らしい老舗旅館。
 敷地内には浴衣でゆっくり歩いて30分程の散策路が設けられ、客人の憩いの場になっている。
 展望スポットや涼しげな滝など、様々な趣向を凝らした散策路は、さながら広大な日本庭園と言えるもので、山桜や躑躅、しゃくなげが季節になれば咲き誇る。
 咲く花の香りに酔いしれ、そよぐ風に身を委ねて心ゆくまで自然の息吹を感じて欲しい。

お宿 玉樹写真

お宿 玉樹

        

 400年の歴史を持ち、湯治場として栄えてきた伊香保温泉。
 その地のシンボル「伊香保石段街」は日本三大名段として有名で、その上がり口にあるのが「お宿 玉樹」だ。
 玄関から畳廊下を進んでいくと、和情緒溢れる館内に相応しい中庭が。
 坪数は決して広くはないが、玉砂利を敷き詰めた空間に手入れの行き届いた緑の植栽が彩り、番傘や柔らかな灯りがあたたかい行燈の設えが京の御茶屋を思わせる。
 季節が薫る中庭を眺めながらラウンジ「樹あかり」で一服し、穏やかなひとときを過ごしたい。

旅館すぎもと写真

旅館すぎもと

        

 古く奈良時代初めに日本書記に記されていたという美ヶ原温泉にある、松本民芸やアンティーク品の品揃えに宿主の感性が光る名旅館。
 フロントから大浴場や客室棟を結ぶアプローチ上に「七福の庭」があり、寛ぎの場としては最適だ。
 それほど広くはないが、玉砂利に飛び石を配した緻密な石庭は日本庭園の粋を感じ取ることができ、作庭は海外でも活躍する長野県出身の小口基實氏。
 石庭を見渡すようにリラックスチェアが配されているので、ワインやシードルを飲みながらしっとりした夕涼みはいかがだろう。

こころをなでる静寂 みやこ写真

こころをなでる静寂 みやこ

        

 日本三大名泉の一つに数えられる下呂温泉の中心部から少し離れた場所に構える和風旅館。
 “自然との調和”=大人の粋、を追求し、四季の恩恵をふんだんに取り入れた日本庭園を囲むように本館と離れが配されている。
 手入れの行き届いた庭園は客室や露天風呂から望むことができ、滞在中いつでも季節を全身で感じられるのがうれしいところ。
 草花の息吹を愛でながら、あるいは紅葉や冬景色に触れながら、静かな贅沢をのんびりと過ごして欲しい。

角上楼写真

角上楼

        

 愛知県は渥美半島の先端、伊良湖岬の手前にある角上楼は、昭和元年に料亭として建てられたレトロな雰囲気が漂う優雅な温泉旅館。
 本館中央には自慢の中庭が配され、客室やテラス、食事処から美しい日本の風情を堪能することができる。
 スペースは広くないものの、広縁から樹木が伸び、ダイナミックな植栽は自然美を活かした野趣溢れる趣向で、夜は穏やかなライトアップも。
 お風呂上りに夕涼みをして、昭和のノスタルジックな世界に浸りたい。

いぶすき秀水園

        

 南国ムード溢れる指宿の海岸沿いに佇む純和風の温泉宿。
 玄関で靴を脱ぎロビーへ入れば視界に心和む枯山水の中庭があらわれる。
 緑と石が綿密に配置され侘び寂びの情緒を醸し出し、しっとりした日本の美に触れれば旅の疲れも一気に癒されるはず。
 木のベンチに座って浸かることができる足湯も用意されているので、中庭を眺めながら手足をゆっくり開放していただきたい。

瀬の本館 夢龍胆写真

瀬の本館 夢龍胆

        

 阿蘇川の北側に位置する黒川温泉は、街全体で景観美を作り上げ格別な温泉情緒を醸し出す今や人気の温泉街。
 街を一望する高台に佇む夢龍胆は木造のどっしりと構えた純和風旅館だ。
 開放的なロビーから拡がる日本庭園には、優雅に泳ぐ鯉が放たれた大きな池が中央に据えられ、その周りに配された小橋や古風な水車が和の風情を際立たせる。
 客室からも眺めることができ、四季によって庭園の様々な表情を見ることができるだろう。

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